世界のビジネスルールが変わる日
これまで3回にわたり、トランプ税制899条が企業活動や金融市場に与える衝撃的な内容について解説してきました。外国企業への報復的な増税は、まさに世界のビジネスルールを根底から覆しかねない、過激な一手です。
最終回となる今回は、この法案が本当に実現するのか、その政治的背景と実現可能性、そして今後のシナリオについて考察していきます。
なぜ、これほど過激な法案が生まれたのか?
まず、この法案の背景を再確認しておきましょう。
899条は、欧州などが中心となって進める「デジタルサービス税(DST)」や、OECD諸国が進める「グローバルミニマム課税(UTPRというルールを含む)」への直接的な対抗措置です。
これらは、GAFAに代表される米国の巨大グローバル企業を主なターゲットにした課税強化策であり、トランプ政権はこれを「不公正な差別的課税」と見なしています。
つまり899条は、「やるなら、こちらもやる!」という、極めて分かりやすい報復のロジックに基づいているのです。

実現可能性は「極めて高い」
では、この法案は可決されるのでしょうか。結論から言うと、実現の可能性はかなり高いと考えられます。
その最大の理由は、トランプ政権が899条を含む「The One, Big Beautiful Bill (BBB)」を通常の法案ではなく予算関連法案として扱い、特別なルールである「予算調整手続き(Budget Reconciliation)」を適用していることにあります。
通常、上院で法案を可決するにはフィリバスターを回避するために60票の賛成が必要ですが、予算関連法案に限っては、この予算調整手続きにより単純過半数(51票)での可決が可能になります。
現在の米国議会では、上下両院ともに共和党が過半数を握っていて、 トランプ大統領が党内の支持者をまとめ、「可決しろ」と指示すれば、法案がそのまま通ってしまう可能性は十分にあるでしょう。
今のトランプ氏は、何でもできるし、やりたい放題の状態だと言っても、もはや過言ではありません。

共和党内の不協和音とわずかな希望
しかし、共和党も一枚岩ではありません。超党派の政府機関であるCongressional Budget Offic(CBO)(米議会予算局)は、899条を含むBBB全体の影響として、2034年までに2.4兆ドル、利払を含めると最大3.8兆ドルの連邦赤字の増加を見込んでいます。こうした債務残高の誇張を懸念する声もあり、党内には慎重な立場を取る議員も少なくありません。
また、下院歳入委員会のジェイソン・スミス委員長(共和党)は、他国が報復措置を講じる可能性を懸念し、899条の発動自体は望ましくないとの考えを示しています。
彼らは、この法案をあくまで外国を「けん制」するためのカードとして使い、実際には発動されないことを願っているようです。この党内の意見の対立が、法案の行方に影響を与えるかもしれません。
注目すべき今後のシナリオ
今後の最大の注目ポイントは、7月4日のアメリカ独立記念日前に予定される上院での審議です。この1ヶ月間で、IIB(国際銀行協会)やグローバル企業によるロビー活動がさらに激化することは間違いありません。
考えられるシナリオは、以下の通りです。
世界経済に最も大きな混乱をもたらす最悪のシナリオ
ロビー活動が功を奏し、課税対象の縮小や施行の先送りなど、何らかの条件が付く形での可決。
共和党内の反対派が造反し、法案が否決される可能性。
ここで理解しておくべきなのは、この899条は単なる米国の税制の話ではないということです。もしこれが実現すれば、世界中で「報復課税」の連鎖が始まり、自由貿易の原則が大きく損なわれる恐れは充分に考えられます。
一人のビジネスパーソンとして、また一人の市民として、この法案が世界の経済秩序にどのような影響を与えるのか。今後も注意深く見守っていく必要があると、僕は強く感じています。
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