前回の記事では、アメリカの驚くべき高額医療の実態と、低所得者層の命綱である公的保険「メディケイド」に「BBB法案」の影が忍び寄っていることをお伝えしました。
今回は、その核心部分である「就労要件」に焦点を当て、その非情なメカニズムを解き明かします。
BBB法案の核心その1─ 連邦補助金の大幅削減
まず、BBB法案がメスを入れたのは財源です。これまで連邦政府と州政府が共同で支えてきたメディケイドの予算のうち、連邦政府からの補助金が大幅に削減されることになりました。
例えば、ある州が年間1200億ドルの予算を組んでいた場合、これまで連邦政府が1000億ドル規模で支援していたものが、700億~800億ドルにまで減らされてしまうイメージです。
財源が減れば、サービスの質を維持することは困難になります。そして、この財源削減とセットで導入されたのが、さらに深刻な「就労要件」なのです。
BBB法案の核心その2─「就労要件」という名の高い壁
この法案の最も大きな問題点は、メディケイドの受給資格に「就労要件」を導入したことです。具体的には、以下のような条件が課せられます。
・週に最低20時間以上の労働
・職業訓練を受けていることの証明
一見すると「働ける人は働きましょう」という正論に聞こえるかもしれません。しかし、この要件が、社会で最も弱い立場にある人々を直撃するのです。

【影響を受ける人々】
─シングルマザー/ファザー
子育てをしながら週20時間以上安定して働くことは容易ではありません。
─ギグワーカー
Uberのドライバーや配達員など、単発の仕事で生計を立てる人々は、安定した労働時間の証明が困難です。
─季節労働者
農業や建設業など、仕事が時期によって変動する人々も、要件を満たせない可能性があります。
─軽度の障害や慢性疾患を持つ人々
フルタイムで働くのは難しいけれど、制度上「重度」とは認定されない人々が、支援の対象から外れてしまいます。
上述の人々は、これまでメディケイドに頼って生活してきました。しかし、この新しいルールによって、ある日突然、保険を失うことになるのです。その数は、専門家の試算で1000万人から1500万人に上るとされています。

「申請」すらできない現実
さらに問題なのは、手続きの煩雑さです。家を持たず、住所が安定しない人々にとって、労働時間を証明する書類を揃え、複雑な申請手続きを行うこと自体が高いハードルとなります。
結果として、資格があるにもかかわらず、申請できずに保険を失う人々が続出することが懸念されています。
これは単なる制度変更ではありません。これまで社会が最低限保障してきた「医療を受ける権利」を、特定の条件を満たせない人々から奪い取る、非情な選別なのです。
では、なぜこのような法案がまかり通ってしまうのでしょうか?そして、この制度変更はアメリカ社会にどのような未来をもたらすのでしょうか?
最終回となる次の記事では、この問題の背景にある政治的思惑と、社会全体に広がる負の連鎖について考察します。
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