地方から病院が消える日 ― BBB法案が招く医療崩壊と「分断」されるアメリカの未来

これまで2回にわたり、BBB法案がアメリカの低所得者層から医療保険を奪う仕組みについて解説してきました。

最終回となる今回は、この問題が個人の悲劇に留まらず、地域社会、特に地方の医療インフラそのものを崩壊させる危険性を秘めていること。そしてその背後にある根深い政治的思惑に迫ります。

目次

負の連鎖その1─ 地方の病院が次々と消えていく

BBB法案によってメディケイドの対象者が激減すると、まず何が起こるでしょうか。

住民の多くがメディケイドに依存している「貧しい州」や地方の診療所・病院は、収入源を失い、深刻な経営難に陥るのが明らかです。

患者が保険を失えば、医療費を支払うことができなくなります。病院は収入を得られず、次々と閉鎖に追い込まれるでしょう。

その結果、該当地域に住む人々は、たとえ保険を持っていたとしても、そもそも医療を受ける場所自体を失ってしまうのです。

これは、地方における「医療崩壊」の始まりに他なりません。公衆衛生全体のレベルが低下し、社会不安が増大することは避けられないでしょう。

負の連鎖その2─ なぜ国民は声を上げないのか?

1000万人以上が影響を受けるにもかかわらず、大規模な反対運動が起こりにくいのはなぜでしょうか。そこには、いくつかの理由があります。

情報の非対称性

影響を受ける低所得者層の多くは、政治への関心が低く、メディケイドとメディケアの違いや、法案の具体的な内容を正確に理解していない可能性があります。「自分たちが不利益を被る」という危機感が共有されにくいのです。

トランプ氏の巧みなアピール戦略

トランプ氏は、この法案を「移民の排除」「国境警備の強化」「チップや残業への非課税」といった、支持層に響くメッセージとセットで打ち出しました。

目先の利益やナショナリズムに訴えかけることで、法案の持つ負の側面から人々の目を逸らさせたのです。

分断された受益者 この法案は、富裕層や企業にとっては「大幅減税」という大きなメリットがあります。恩恵を受ける層と、切り捨てられる層がはっきりと分断されているため、社会全体としての反対意見が形成されにくい構造になっています。

政治家たちの選択とアメリカの未来

この法案の採決では、共和党議員の一部が造反したものの、最終的にはトランプ氏の強い圧力の下で可決されました。

彼らは、自らの選挙区に住む貧しい人々の生活よりも、党の意向を優先したわけです。今後、この法案による悪影響が顕在化した時、彼らは有権者から厳しい審判を下されることになるでしょう。

BBB法案が浮き彫りにしたのは、効率や減税という名の下に、社会の弱者が切り捨てられていく現代社会の冷徹な一面です。経済的な格差が、そのまま「命の格差」に直結する流れは、果たしてアメリカだけの問題なのでしょうか。

僕たちがこの問題から学ぶべきは、セーフティネットがいかに重要であるかということ。それを守るためには、市民一人ひとりが政治に関心を持ち、声を上げ続ける必要があるということ。この2点です。

アメリカがこれから歩む道は、僕たち自身の未来を映す鏡となるのかもしれません。

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この記事を書いた人

総合商社で中近東および中南米向けの機械輸出ビジネスに従事した後、大手コンサルティングファームにてディレクターとして日本企業および欧米企業のグローバルプロジェクトを担当。2012年よりロサンゼルスに活動拠点を移し、2人の仲間とともに「Exa Innovation Studio(EIS)」を創業。

現在は、EISで日米欧の新規事業開発に取り組むと同時に、2020年に創業した日本特有の天然素材と道具を組み合わせたウェルネスブランド「Shikohin」および新規事業育成ファンド「E-studio」の経営に従事 。

起業家の世界的ネットワークであるEntrepreneurs’ Organization(EO)のロサンゼルスおよびラテンアメリカ・チャプターのメンバーとして、多くの若手起業家のコーチングに取り組む。2016年よりアクセラレーター「Founders Boost」でメンターを務め、多くのスタートアップのアドバイザーを務める。

慶應義塾大学環境情報学部卒業。

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