トランプ大統領の「The One, Big Beautiful Bill(BBB)」法案は、その包括的な減税策や国内産業振興策によって、米国経済の活性化と「アメリカファースト」の再構築を目指す野心的な試みです。
しかし、その光の裏には、看過できない影、すなわち米国経済と国際関係に深刻な影響を及ぼしかねない潜在的なリスクが潜んでいます。
前回の記事でメリットを深掘りしましたが、今回はその「代償」について、厳しい視点から見ていきましょう。
経済成長の代償か?膨張する財政赤字と「デフォルト」の危機
「BBB」法案がもたらす最大の懸念は、その財政への影響です。議会予算局(CBO)の試算によれば、この法案が成立した場合、今後10年間で米国の財政赤字は2.4兆ドルから最大3.8兆ドルも増加すると予測されています。
法人税や個人所得税の減税が恒久化されれば、当然ながら歳入は減少します。その一方で、国防費や国境警備予算の大幅な増額、そして新生児向け貯蓄口座のような新たな支出が加わるため、税収減と支出増が重なり、国債の発行増加は避けられません。
現在、米国の累積債務は約36兆ドルに達していますが、この法案が成立すれば、その額はさらに膨らみ、短期間で40兆ドルを突破する可能性も指摘されています。
債務が増えれば増えるほど、その利払い費も増大し、国家予算を圧迫することになります。最悪の場合、米国が債務不履行(デフォルト)に陥るというシナリオも否定できません。
米国がデフォルトすれば、基軸通貨であるドルの信用は失墜し、世界経済は大混乱に陥るでしょう。
米国債の最大保有国の一つである日本にとっても、これは甚大な打撃を意味します。日本の保有する米国債の価値が暴落すれば、日本経済も未曾有の危機に直面しかねません。トランプ大統領はこのリスクを関税収入や経済成長で補えると主張していますが、その確実性は不透明です。
弱者が犠牲に?医療保険喪失と高まる社会不安の懸念
「BBB」法案は、バイデン政権が拡大した社会保障支出を大幅に削減することも目指しています。特に、低所得者向けの医療保険制度である「メディケイド」や、食料支援プログラムである「SNAP」に対する就労要件と受給資格の厳格化が懸念されています。
具体的には、独身の成人がこれらの受給を継続するためには、月に80時間の就労証明が必要となる州が出てくる可能性が示唆されています。これは、非正規雇用者や失業中、あるいは何らかの理由で安定した仕事に就くことが難しい人々にとって、命綱である医療保険や食料支援を失うことを意味します。
CBOの推計によると、この変更により最大1,000万人もの低所得者が医療保険を喪失する可能性があるとされているのです。
経済的困窮者が医療や食料の保障を失うことは、社会不安の増大、貧困層のさらなる拡大、そして公衆衛生上の問題を引き起こす可能性があります。経済成長の恩恵を享受できない人々が置き去りにされる「光と影」の側面が、ここに顕著に表れるでしょう。

「アメリカファースト」の歪み?貿易戦争と海外投資撤退の連鎖
トランプ大統領の「アメリカファースト」政策は、海外に利益を移す企業への報復課税(Section 899)など、保護主義的な要素を強く含んでいます。これは、同盟国やパートナー国との関係に緊張をもたらし、海外からの直接投資(FDI)の減少を招く恐れがあります。
例えば、日本企業は配当への二重課税を懸念し、米国への新規投資を見送るケースが出る可能性も指摘されています。企業が米国市場での活動を縮小したり、最悪の場合、撤退したりすれば、かえって米国内の雇用創出や経済成長に水を差す結果となりかねません。
さらに、欧州連合(EU)などがデジタル税を導入したことに対する報復として、米国が関税を引き上げれば、EUもまた米国製品や米テック企業に対して制裁関税を課す可能性が高まります。
これは、世界的な貿易戦争へとエスカレートし、国際的なサプライチェーンの混乱、企業の収益悪化、そして最終的には消費者の負担増大につながるリスクをはらんでいます。
「BBB」法案は、トランプ大統領の政治的・経済的なビジョンを体現するものです。しかし、その実現が財政の健全性、社会の公平性、そして国際協調性という側面において、大きな代償を伴う可能性があることを私たちは認識しておく必要があります。
今後の米国政治の動向は、世界の未来を大きく左右することになるでしょう。

コメント