日本雑誌広告協会の会報誌『雑誌広告』に、僕の記事が掲載されました。日本の主要な出版社と広告会社の人たちが読む冊子です。
寄稿は、これで3本目になります。今回は、「AIエージェント時代、メディアの信頼資産をどう守り、どう収益化するか」というテーマで書きました。
ただ、今日伝えたいのは記事の中身そのものより、この仕事がどんな経緯でやって来たのか、という話です。
はじまりはJETROでの講演
出発点は、コロナ禍にJETRO(日本貿易振興機構)で行った講演でした。会場に人を集められない時期でしたから、当然オンラインです。それでも600人ほどが参加してくれました。
手応えはあったものの、画面の向こうの顔は見えません。誰が聞いていて、話のどこが刺さったのか、こちらからはわからない。でも、オンライン講演とはそういうものだと、そのときは思っていました。
ところがしばらくして、日本雑誌広告協会から連絡が来たのです。あのオンライン講演を聞いて面白かったので、記事を書いてほしい、とのこと。600人のうちの一人が、僕の話をちゃんと持ち帰ってくれていたわけです。
正直、そのときは驚きました。オンライン講演というのは、話し終わった瞬間に画面が真っ暗になり、電源を落としたら、そこで終わり。拍手も、名刺交換もない。手応えを確認する術がないまま、話者も視聴者も次の予定に移っていくわけです。
ある意味、独り相撲をしているような感覚がありました。だからこそ、驚いたのです。あれだけ何も返ってこなかった場から、仕事が生まれることになるなんて。
一度きりでは終わらなかった

最初に書いたのは『NFT』についての記事でした。ありがたいことに高い評価をいただき、翌々年に二度目の執筆依頼が来たのです。テーマは「広告と信頼をめぐるメディア環境の未来」。分断が進むアメリカで、広告と信頼がどうなっているかを書きました。これも好評だったようで、それが今年、3本目の依頼につながったわけです。
読んでくださった方から、「今後も毎年続くんですか」と聞かれました。答えは「今回の評判次第」です。
継続が約束された仕事ではありません。1本ごとに評価され、そのつど次があるかどうかが決まる。ある意味で、いちばん健全な関係だと思っています。
数字ではなく、声で返ってくる評価
この会報誌は、ウェブ版だけでなく、紙の冊子としても発行され、協会に登録している会員社へ直接届きます。読むのは、日本の雑誌業界と広告業界のど真ん中にいる人たちです。
デジタル記事なら、PVという数字で成果が見えます。でも冊子は違います。数が見えない代わりに、「読みました」とか「あの部分が良かった」とかいう反応が、誰の言葉なのかわかる形で返ってくるんです。
前回はずいぶん褒めていただきました。今回も、会員のみなさんからどんな反応があったのか、あとで聞いてみようと思っています。
数字ではなく、「感想」として返ってくる評価は、書き手にとってかなり効くものです。
発信は、忘れた頃に「仕事」になって返ってくる

この流れを振り返って思うのは、発信は在庫にならない、ということです。
あの講演で話した内容そのものは、もう古くなりました。NFTの記事もそうです。今の時代、情報そのものはあっという間に鮮度を失います。
でも、「この人はこういうことを考えている」という記憶だけは、聞いた人の中に残る。そして発信側が忘れたころに、まったく別の形で戻ってきます。
海外で事業を立ち上げようとしている人ほど、実績が固まるまで発信を後回しにしがちです。売るものが決まってから、態勢が整ってから、と。
気持ちはよくわかります。中途半端な状態で外に出るのは、とてもこわいものです。
でも、順番は逆じゃないでしょうか。最初から完成形を目指す「ウォーターフォール型」ではなく、小さく出して、反応を見ながら改善する「アジャイル型」で進める。早く成果につなげたいなら、なおさらです。
話す。書く。出す。その一つひとつは、その場では何も生まないように見えます。僕もそう思い込んでいました。600人の前で話したあの日、そこに未来の依頼主がいるとは予想もしていませんでしたから。
ところが、時間がたってみると、あの場にはちゃんと仕事への入口がありました。実体験から、そう断言できます。

