2026年7月4日。
アメリカは独立から250年という節目を迎えました。首都ワシントンを中心に、各地で花火が上がり、記念行事が行われ、国全体が祝いムードに包まれていました。
ただ、僕の記憶にいちばん強く残ったのは花火ではなく、その前夜に行われたひとつの演説でした。
アメリカ独立250周年、花火の夜に考えたリーダーの言葉
2026年7月4日、アメリカは独立から250年という節目を迎えました。ニューヨーク、ワシントンDC、ロサンゼルスなど各地で夜空が埋まるほどの花火が上がり、街全体が浮き足立っていました。
ただ、僕の記憶にいちばん強く残ったのは花火ではなく、その前夜に行われたひとつの演説でした。
バーベキューと花火で祝う独立記念日

アメリカに来てからずっと世話になっている友人たちに、繰り返し教わってきたことがあります。7月4日はまずバーベキューをして、そのあと花火を楽しむ。それが独立記念日の正しい過ごし方なのだそうです。
今年もその教えの通りに、肉を焼いて家族と食べ、夜は花火を眺めました。ニューヨーク港では帆船が集結する「Sail 250」の航行があり、250年という数字にふさわしい、盛大な一日だったと思います。
マウントラシュモアでのトランプ大統領の演説

前日の7月3日、トランプ大統領はサウスダコタ州のマウントラシュモアで演説を行いました。
あの岩山に刻まれているのは、ワシントン、ジェファソン、リンカーン、セオドア・ルーズベルトの4人です。建国を率いた初代、独立宣言を起草した3代目、南北戦争を戦い奴隷制の廃止に踏み込んだ16代目、そしてパナマ運河に道をつけた26代目。いずれもアメリカが自分たちの物語の中心に置いてきた大統領たちです。
演説の前半は、悪くありませんでした。250年の歳月と、この国が積み上げてきたものをたたえる内容だったからです。ところが途中からトーンが変わりました。
「共産主義は、アメリカの自由にとって死に至る脅威だ」
第一次大戦も第二次大戦も、真珠湾も、9.11も、それ以上の脅威なのだと大統領は語りました。そこから話は中間選挙へと移り、フィリバスター(議事妨害)の廃止や、有権者登録に市民権の証明を求める法案の必要性へと続いていきました。
さらに演説に先立って、大統領は自分の顔がラシュモア山に彫り込まれるCG動画をSNSに投稿しています。ホワイトハウス側も、「第45代・第47代大統領ほど、この山にふさわしい追加はない」とコメントしました。
いつのまにか「国家の祝典」より「政治の演出」に寄っていったように見えたのは、僕だけじゃないはずです。
「約27%」という数字が示すもの
翌日、テレビをつけて驚きました。同じ夜の出来事が、局によってまったく違うものとして語られていたからです。
ここで数字をひとつ挙げておきます。Economist/YouGovの2026年3月の調査では、自分をMAGA支持者だと答えたアメリカ人は約27%で、これは過去最高を更新した数値でした。共和党支持層に限れば6割を超えますが、国全体で見れば4人に1人ほどの少数派にとどまります。
では、残る4分の3の人たちは、この夜をどう受け止めたのでしょうか。250周年という一度きりの節目に、彼らにはどんな言葉が届いたのでしょうか。テレビの議論を見ているかぎり、その点はあまり深く掘り下げられていませんでした。
節目に何を語るかで、リーダーの器は測られる

僕が引っかかったのは、政治的な主張の中身そのものよりも、場の選び方のほうでした。
250周年は、誰か一人のためのイベントではありません。250年前に始まった実験に、今この国にいる全員が乗っています。その事実をみんなで確認する日のはずでした。だからこそ、あの場で語るべきだったのは「私」ではなく「私たち」だったのではないかと思うのです。分断が長く指摘されてきたこの国で、それを縮める側に立てる稀有な機会でもあったはずです。
これは他人事ではありません。会社にも節目はあります。創業10周年、大型契約の獲得、上場。そうした節目の場でトップが何を話すかを、社員も顧客も驚くほど正確に見ています。自分の手柄を並べるのか、それともここまで来られた理由や感謝と、これからの行き先を語るのか。たった一度のスピーチで、リーダーの器は測られてしまうのではないでしょうか。
満天に咲く花火。それはもう、本当にきれいでした。
だからこそ、あの夜に聞いたリーダーの言葉が「惜しいなあ」と感じられます。 次にこの国が今回と同じ規模の節目を迎えるのは、2076年の300周年です。そのとき語られる言葉が、もう少し「私たち」の側を向いたものであってほしいと願っています。

