チケット16万円から。W杯2026で見えた「熱狂の値段」

大会もいよいよ佳境に入ってきました。この夏、僕は日本代表を追いかけて現地をまわってきたのですが、その道中でずっと引っかかっていたのは、試合の中身よりもむしろ「お金」の話です。

サッカーのワールドカップが6月11日に開幕したのは、ご存じのとおりです。アメリカ、カナダ、メキシコの3カ国にまたがる開催で、出場は前回の32から48チームに、試合数は64から104まで膨らみました。アメリカでの開催は1994年以来、じつに32年ぶり。その1994年は24チーム・52試合でしたから、四半世紀あまりで規模はほぼ倍になった計算です。

この大会は、ファウンダーの目で見ると「熱狂をどこまでお金に換えられるか」という壮大な実験になっていました。そこには、見過ごせない教訓が転がっていたんです。

世界一の祭典が、桁違いの集金装置になっていた

まず、チケットの値段が普通ではありませんでした。開催国アメリカ代表の試合ともなると、いちばん安い席でも1,000ドル、日本円にして約16万円を下りません。開催国というだけで注目度が跳ね上がり、値段もそれに引きずられていたわけです。

本来ワールドカップは、決して裕福ではない人が何年もかけてお金を貯め、自国の勝利をこの目で見届ける。そういう「人生をかければ手が届く」祭典だったはずです。その入り口が、いきなり16万円から始まる。

背景の数字もはっきりしています。FIFAは今大会のサイクルで約90億ドルの収入を見込むと報じられています。チームが32から48に、試合が64から104に増えたぶん、放映やスポンサーに売れる枠も一気に増えました。祭典の拡大は、そのまま集金の拡大でもあるわけです。

決勝のスイートは、1人1,360万円だった

象徴的な話をひとつ。僕が入っている仲間内のグループチャットで、来週ニューヨークで開かれる決勝のプライベートスイートが話題に出ました。会場はメットライフ・スタジアム、24人が入る個室です。ある人が「押さえておくから、誰か一緒に出資しない?」と持ちかけてきました。

金額は「24人で8万5,000ドル」。それを聞いた別の人が「じゃあ1人あたり3,500ドルくらいか、意外と安いね」と返しました。ところが、そうではなかった。「ごめん、伝わっていなかった。8万5,000ドルは1人あたり。24人ぶんで204万ドル、日本円で約3億3,000万円」。1人に割り戻しても約1,360万円です。チャットは一瞬、静まり返りました。

さらに別の人は「私の席はスイートですらないのに、2席で2万5,000ドル、約400万円と言われた」とこぼしていました。ホテルも同じで、普段150ドル、日本なら1万円ほどで泊まれる部屋が、10倍の値をつけている。いつものビジネスホテルが一泊10万円で請求されるようなものです。

面白いのは、この金額に本気で乗ろうとする人が現実にいることです。高すぎると言う僕の隣で、その値段にちゃんと価値を見出す人がいる。価値は人によってまるで違うのだと、あらためて突きつけられました。

給水タイムの正体は、コマーシャルだった

商業化は、ルールの中にまで入り込んでいます。今大会には、前半の途中で選手が水分を補給するウォーターブレイクが設けられました。名目は暑さ対策、選手の脱水を防ぐためです。ですが試合が止まるあの数分間は、放映側にとって格好のコマーシャル枠でもあります。

選手のためという大義名分と、放映権で稼ぎたいという本音が、同じ数分間に同居している。仲間の一人は「強欲のツケは、いずれ払わされる」という趣旨のことを書いていました。裾野を広げるための大会が、その裾野にいるはずの普通のファンを置き去りにしている。ここに、僕はいちばん危うさを感じています。

値付けは、経営そのものだ

思い出すのは、アメリカのサッカー市場がどう育ったかです。全盛期のベッカムがロサンゼルスへ来て火をつけ、のちにメッシがやってきて、メジャーリーグサッカーの熱は一気に伸びました。スターというコンテンツが、市場の裾野を広げたわけです。今回の拡大も、本来はその延長で、もっと多くの人を巻き込むはずでした。

ところが値付けが、その狙いを裏切っている。ここにファウンダーとしての学びがあります。値付けは経営そのものであり、「取れるだけ取る」が正解とは限らない。目先の売上を最大化しにいくほど、ファンや市場という、いちばん大切な資産をやせ細らせてしまうことがある。熱狂やブランドは、換金しながら同時に育て続けてこそ、次の4年につながります。

僕はといえば、値上がりした宿を避けて、会場からずいぶん遠い街に泊まっていました。祭典の熱は浴びたい。けれどその熱の値段には、静かにノーを突きつけながら。その熱狂の頂点となる決勝は、もうまもなくです。

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この記事を書いた人

総合商社で中近東および中南米向けの機械輸出ビジネスに従事した後、大手コンサルティングファームにてディレクターとして日本企業および欧米企業のグローバルプロジェクトを担当。2012年よりロサンゼルスに活動拠点を移し、2人の仲間とともに「Exa Innovation Studio(EIS)」を創業。

現在は、EISで日米欧の新規事業開発に取り組むと同時に、2020年に創業した日本特有の天然素材と道具を組み合わせたウェルネスブランド「Shikohin」および新規事業育成ファンド「E-studio」の経営に従事 。

起業家の世界的ネットワークであるEntrepreneurs’ Organization(EO)のロサンゼルスおよびラテンアメリカ・チャプターのメンバーとして、多くの若手起業家のコーチングに取り組む。2016年よりアクセラレーター「Founders Boost」でメンターを務め、多くのスタートアップのアドバイザーを務める。

慶應義塾大学環境情報学部卒業。