ロサンゼルスで、起業家団体EOのロサンゼルス・チャプターが主催するイベントが開かれました。ゲストはマーク・キューバン。企画側の一人として動いていた僕は、当日、彼と言葉を交わす時間をもらうことができました。
そこで彼から聞いたことが印象的で、いまも頭から離れません。自分の事業の見え方が、たった一言で変わってしまった気さえしています。

シャークタンクの顔が薬局を始めた理由
『Shark Tank』というアメリカの人気番組があります。起業家が投資家の前でプレゼンをして、その場で出資を勝ち取る番組です。日本の『マネーの虎』のアメリカ版、と言うと伝わりやすいでしょうか。
実際、番組の進行スタイルとしてもほぼ同じです。2001年に日本テレビが始めた『マネーの虎』のフォーマットが世界40か国以上に広がり、アメリカ版として2009年にスタートしたのが『Shark Tank』でした。日本発のフォーマットが海を渡り、アメリカで国民的番組になったわけです。
その番組で長く「シャーク」を務め、顔とも言える存在だったのがマーク・キューバンです。学生時代から事業を立ち上げ、Broadcast.comをヤフーに売却し、NBAダラス・マーベリックスのオーナーも務めてきた。多岐にわたる分野で、何度も大きく当ててきた人です。
そして彼がいま力を注いでいるのが、2022年にダラスの本社をおいてローンチした『Cost Plus Drug Company』という会社でした。処方薬をオンラインで届ける、いわばネットの薬局です。アメリカの医療費と薬の値段が恐ろしいほど高額なのは、こちらで暮らしていれば嫌でも実感します。そこに真正面からぶつかっていく挑戦的な事業です。
僕らは薬ではなく透明性を売っています

その日、「Cost Plusとはどういう会社なのか」という質問が出ました。僕は当然、「薬を安く届ける会社です」という答えが返ってくるものだと思っていました。
ところが、彼の答えは違ったのです。
「その薬がどういう価格構成で、最終的にいくらになっているのか。それをすべての人に開示しています。つまり我々は、信用と透明性を売っている会社なんです。」
安売りの会社などではなく、人に対して信用と透明性を示すことを商品にしている会社なんだ、という彼の言葉を聞いて、僕は頭をガツンと叩かれた気がしました。
9657ドルの薬が35ドルで買える理由
Cost Plus の仕組みそのものは驚くほど単純です。仕入れ値がいくらで、そこにいくら利益を乗せて、薬剤師の手数料と送料がいくらかかるのか。この内訳を一つひとつ数字で並べて見せる。しかも乗せる利益は、どの薬でも一律15%だけです。
たとえば、白血病の治療に使われるイマチニブという薬。アメリカでの小売価格は30日分で9,657ドルとされています。日本円なら百数十万円という水準です。それがCost Plusでは35ドル前後で買えるので、桁が三つも違います。
裏を返せば、通常の流通経路でどれだけの利益が積み上げられてきたかということの実証でもあります。街で見かけた人から、涙を流して感謝されることがあると、マークは話してくれました。
僕が自分の事業を見直そうと決めた理由

単に「ものすごく安く提供します」とだけ言うこともできたはずです。でも彼は、コストではなく信用と透明性を主に掲げました。同じ事業でも、そこに大義名分を置いた瞬間に、受け手のパーセプション、つまり人々の見方や感じ方はガラリと変わってしまいます。
これは薬に限った話ではないはずです。日本でも、業界の慣習として当たり前になっている不透明さは、どこにでもあります。誰も声を上げないだけなのです。
僕はいま、Shikohinという自分の事業について、同じ問いを立て直しているところです。自分たちは何を売っているのか、ではなく、自分たちはどういう価値を提供している会社なのか。商品の説明ではなく、会社の定義のほうを考え直しています。
扱っている商品は変わらなくても、自分たちをどんな会社だと定義するかで、お客さまへの届き方はまるで変わってきます。あの日から、ずっとそのことを考えています。

