サンフランシスコでの対談で、僕がいちばん引っかかったのは不動産の話でした。
IT人材が大量に職を失う影響は、本人たちだけにはとどまりません。その波はいずれ、不動産にも及んでいくはずです。
いまの現地は、むしろ部屋が足りない
先に、事実を正確に押さえておきます。
シリコンバレーの賃貸市場は、崩れるどころか今が絶好調です。サンノゼの家賃は2026年に入っても上がり続け、上昇率は全米の主要都市でもトップクラス。空室率は3%を切り、部屋が余っている気配はありません。
- AI関連のシニア採用が旺盛
- 出社への揺り戻し
- 住宅価格が高すぎて買えない人が賃貸に回っている
この三つの要因が、いまの高い家賃を支えているのです。
分断のその先
ただし中身をよく見ると、すでに分断が始まっています。同じ家賃の上昇率でも、マウンテンビューやパロアルトといった中心部は6%を超える一方、サンノゼの東部や南部では2%に届きません。
同じエリア内で、勝っている場所とそうでない場所が、はっきり分かれてきています。
僕が気になるのは、さらにその先の影響です。
シリコンバレーで高い家賃を払えるのは、実質的にIT関連で働く人たちくらいです。いま需要があるのはシニアですが、若手が入り口で弾かれ続ければ、担い手はいずれ先細ります。その層が薄くなったとき、いまの水準を誰が支えるのか。
家賃を下げ渋るオーナー
仮に月5,000ドルの部屋の借り手がつかなくなれば、三ヶ月で1万5,000ドル、日本円で200万円を超える家賃収入が消えます。
それでもオーナーは、相場を崩したくないので簡単には家賃を下げません。需要が細り始めても価格が動かなければ、市場はそこでフリーズします。今はまだ目立った硬直は起きていませんが、雇用の縮小が続けばいずれそうなってもおかしくないと、僕は見ています。
さらに、優秀な人ほど、シリコンバレーという場所にこだわらないと考えられます。仕事がなくなれば、彼らは軽やかにエリアの外へ出ていくでしょう。遠からず、シリコンバレーの家賃を支えていた層そのものが静かに確実に薄くなっていくはずです。
アメリカは、不動産と金融が経済の土台になっている面があります。その土台をシリコンバレーではITが牽引してきました。だからこそ雇用と需給のバランスが崩れたときには、一気にアンバランスな構造が姿を現すはずです。
崩壊ではなく、歪な二極化

僕は、今の不動産状況に歪(いびつ)な不安を感じています。
オフィスの空室率は、サンフランシスコ全体で3割前後という高い水準です。その一方で、AI企業が集まる一等地はほぼ満室で空きがありません。潤っているのは、ごく一部のエリアと会社だけなんです。
住宅についても見てみましょう。AIブームの恩恵を受けた層が高い家を買い進め、サンフランシスコの住宅価格は過去最高を更新しています。
片方で古いオフィスビルがガラガラになり、もう片方で住宅価格が跳ね上がる。この非対称こそ、僕が「歪(いびつ)」だと感じたものの正体でした。
勝ち組の内側にいれば、景色は絶好調に見えます。けれど一歩外に出れば、行き場を失った人と、借り手のつかない古いビルが積み上がっています。ひと握りの勝者に支えられた経済は、見た目よりもずっと脆いものです。
半導体に注ぎ込まれるキャッシュ

では、なぜ企業は多くのジュニア層を切ってまで(つまり人件費カット)、キャッシュを増やしたいのでしょうか。
数年前のコロナ禍の頃は、人を減らして浮いたお金で自社株を買い、株価を維持するのが定石でした。ところが今は、その使い道が変わっています。
行き先は、AIです。
NVIDIAをはじめとする半導体や、データセンター建設のコストが、とんでもない金額になっています。GAFAMのような巨大企業は、2026年だけで7,000億ドル、前年から8割近い増額でAIインフラに資金を注ぎ込んでいます。人を切って浮いたお金は、株主ではなく半導体へ向かっているわけです。
これはこれで、AIの時代を生き抜くための投資ではあります。ただ、その裏側で雇用が細っているのも事実です。 イノベーションのアクセルと、足元の綻び。両方を同時に見ておかないと、判断を誤ります。次にどこへお金と人が動くのか、僕はしばらくこの歪(ゆが)みから目を離せそうにありません。



