前回の記事では、シリコンバレーの伝説的なベンチャーキャピタル「a16z」の指摘をもとに、僕たちが生きる「ポストモダン」という時代が限界を迎えつつある、という話を紹介しました。
「ポストモダンって言われても、いまいちピンとこない…」と感じた方も多いかもしれませんね。そこで当記事では、「モダン」と「ポストモダン」という2つの価値観の違いを、アート、建築、メディアといった身近なテーマで比較しながら、分かりやすく解き明かしていきます。
アートの世界:「本物の美」から「面白いが勝ち」へ
「芸術には、本質的で普遍的な真実や美がある」
パブロ・ピカソやアンリ・マティスといった近代芸術家たちは、物事の表面ではなく「本質」を抽出し、「普遍的な構造や美」を探求しました。
「美の基準なんて、人それぞれでしょ?」
一方、ポストモダンの旗手であるアンディ・ウォーホルは、スーパーに並んでいるスープの缶や、女優のマリリン・モンローの写真を作品にしました。「芸術は高尚なものじゃなくてもいい。日常にあるものでも、面白ければアートになる」というわけです。
ピカソが追求した「本質」と、ウォーホルが提示した「視点の面白さ」。ここに、時代の大きな価値観の変化が見て取れます。

建築の世界:「機能的な正しさ」から「心躍る楽しさ」へ
「建物は、機能的で合理的であるべきだ」
モダニズム建築の合言葉は「Less is more(少ないことは、豊かだ)」。無駄な装飾をそぎ落とし、シンプルで機能的な美しさを追求しました。日本の建築家、丹下健三が設計した代々木体育館などは、その代表例です。
「建物は、もっと自由で楽しいほうがいい」
これに対し、ポストモダン建築の合言葉は「Less is a bore(少ないことは、退屈だ)」。
ディズニーランドやラスベガスの街並みに象徴されるように、様々な時代の様式をごちゃ混ぜにしたり、奇抜な形を取り入れたり。「正しいかどうか」よりも、人々がワクワクするような「遊び心」を大切にしました。
ここでも、「一つの合理的な正解」を目指すモダンと、「多様な楽しさ」を許容するポストモダンの違いがはっきりとわかります。
メディアの世界:「伝える事実」から「ウケる現実」へ
「テレビは、事実を正確に伝えるもの」
かつてのメディアの理想は、NHKニュースのように、できる限り客観的で正確な情報を人々に届けることでした。そこには「伝えるべき真実がある」という前提がありました。
「テレビは、面白さを作り出すもの」
一方、現代のYouTubeやTikTokではどうでしょうか?「事実かどうか」よりも、「いかに面白いか」「いかに“盛れているか”」という演出や見せ方が重視されます。視聴者が「ウケる」と感じるものが「現実」よりも価値を持つことさえあるのです。
「真実の報道」から「共感を呼ぶコンテンツ」へ。僕たちは今、まさにこの価値観のど真ん中にいると言えるでしょう。「モダン」と「ポストモダン」の違いは、身近なメディアの世界において、最も顕著だと感じます。
生き方の変化:「一つの正解」から「無数の正解」の時代へ
ここまで見てきたように、アートや建築、メディアの世界は、この数十年間で大きな変化を遂げてきました。そして、その変化は僕たち一人ひとりの生き方にも深く関わっています。
モダン的な考え方
「正しい答えは一つ」「先生の言うことは絶対」「みんなと同じが安心」
ポストモダン的な考え方
「答えは人それぞれ」「先生も間違うかも」「自分らしくあることが大事」
「ポストモダン」は、僕たちを画一的な価値観から解放し、個性を尊重する自由な社会をもたらしました。しかし、前回の記事で触れたように、「絶対的なものがない」世界は、同時に「何も信じられない」という不安や混乱も生み出しています。
では、この自由で、しかし少し不安定な時代の先にどんな新しい思想を見出すべきなのでしょうか?
次回はいよいよ、a16zが提唱するポストモダンの次に来る新しい時代の思想、「予測主義(Predictionism)」について詳しく解説していきます。AIと共に未来を創る、新しい時代の幕開けです。お楽しみに!

